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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)3775号 判決

原告 中谷藤弥

被告 米山貞子

二木秀雄

主文

被告米山貞子は原告に対し金十万円を、被告二木秀雄は原告に対し金十一万八千五百円をそれぞれ支払え。

原告のその余の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担、その余を被告両名の連帯負担とする。

この判決は原告において各被告らに対しそれぞれ金三万円の担保を供するときは、当該被告につき主文第一項に限り仮に執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

(一)  原告が第四高等学校を卒業し東京大学に入学したこと、その頃被告米山貞子方に居住していたこと、原告が被告二木秀雄を被告米山に紹介したこと、被告二木が医学博士で政界ジープ社の社長であつたことは当事者間に争いがない。

(二)  先ず原告の貸金請求については原告の全立証を以つてもその主張を肯認することが出来ないのみならず却つて甲第一号証の成立に争いのない甲第五号証、乙第一乃至第五号証、同第八乃至第十二号証並びに証人堤重信、同米山久同川井信俊(一部)の各証言、原告(第一回、但し後記措信しない部分を除く)、被告米山貞子各本人尋問の結果及び鑑定人石井敬三郎の鑑定結果を総合すると、昭和二十五年被告米山貞子の母米山久を取締役社長、同被告を専務取締役とする米山商事株式会社が設立され、原告も同会社の監査役として被告米山を助けていたが、偶々原告が同郷の友人訴外川井信俊、同出口秋作の両名から利殖を依頼されて預つていた現金を、昭和二十六年から同二十七年にかけて、右両名の代理人として右訴外米山商事株式会社に対しその資金繰りのため貸付けたもので、前記山口の分として金五万円前記川井の分として金十六万四千四百五十円が貸付けられているのを認めることができ、特に前記甲第五号証、乙第一号証、同第三号証、同第八乃至第十一号証には、いずれも取引の当事者として米山商事株式会社が記載されている以上、かかる記載に反して実質的には被告米山貞子個人に貸付ける特段の事情の認められない本件では、右金銭は前記訴外米山商事株式会社に対して貸付けられたものというべく、前記川井信俊の証言及び原告本人尋問の結果(第一、二回)の中右認定に反する部分は措信せず従つてこの点に関し原告本人よりの伝聞に係る証人中谷藤作、同中谷藤四郎の各証言も採用し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。従つて原告の貸金請求は理由がない。

(三)  被告米山貞子、同二木秀雄の両名は、原告と被告米山とが内縁関係乃至婚約関係にあつたこと、被告両名間に情交関係があつたことを否認するので、この点について判断する。成立に争いのない甲第四号証、乙第十三号証の二並びに証人中谷藤作、同中谷藤四郎、同米山久(一部)の各証言及び原告(第一回)、被告米山貞子、同二木秀雄の各本人尋問の結果(但し被告両名については後記措信しない部分を除く)を総合すると、原告は旧制第四高等学校に在学中昭和二十一年頃、進駐軍の通訳をしていた関係から、金沢市に所在する被告米山貞子の父の家屋が原告の尽力により進駐軍の接収を免れて以来、米山家と親密になり、翌昭和二十二年には被告貞子とも知り合い、更に翌二十三年原告が東京大学に入学して上京するに及んで偶々被告貞子が婿養子として迎えた夫と折合いが悪くこれと離婚した際でもあり、被告貞子は積極的に原告に接近し両者の関係は次第に親密の度を加え、同二十三年十月頃には原告は被告米山方に同居するに至つた。而して翌昭和二十四年四月頃被告貞子の母訴外米山久が金沢に帰つた際、原告の父訴外中谷藤作と相会した結果原告と被告貞子との結婚の話しが出て、両者の結婚が了承されたが、原告は長男、被告貞子は長女であり、且つ被告貞子は前夫と離婚して間もなくであつた関係上届出はなされなかつた。然しこの頃より両者間には肉体関係を生じ、その夫婦的関係は双方の親も黙認する形となつた。以上の状態は原告が被告米山方に同居し、更に昭和二十五年前記米山商事株式会社が設立されて原告がその監査役として被告を助ける等の形で続けられた。併し乍ら原告は被告貞子の母久とは折合悪く、又被告貞子との関係もやや冷却するに至り、更に原告の郷里の父から一時中断した学業を継続するようにとの要請もあつたので、昭和二十七年三月頃原告と被告貞子と合意の上一時別居することになり、原告は被告方を出た。尤も別居後も両者の夫婦的関係は全く絶たれたわけではなかつたが、両者の間は一層疎遠となつた。これより二ヶ月程前原告は被告二木秀雄を同郷の先輩として被告米山貞子に紹介したが、これを機縁として被告二木はその後米山家と交際するようになり、特に昭和二十八年八月頃前記米山商事株式会社が倒産して、この清算事務を被告二木が引受けることとなつたので、以後は常時米山家に出入する状態であつた。既にこの頃被告二木、同米山両名の間も次第に親密さを加え、同二十八年五月頃には両者間に肉体関係を生じて居り、その為原告と被告米山との間は全く離反しもはや融和するを得なかつた。

以上の事実が認められ、証人米山久、被告米山貞子、同二木秀雄の各供述中右認定に反する部分は措信しない。惟うに、原告と被告米山とが双方の親の了承の下に、約三年半の間同居し肉体関係を継続し而も共同して事業を営んだことが認められる以上、かかる状態はいわゆる内縁関係であるといわざるを得ない。而して原告本人尋問の結果(第一、二回)及び弁論の全趣旨から、被告二木が原告と被告米山との間の内縁関係を承知していたことが認められるのであり、これを知り乍ら被告両名が情交を結んだことは、原告の内縁の夫としての精神的利益を違法に侵害したものというべく、更にこれを機として原告の被告米山に対する関係を全く断絶せしめるに至つたことは、原告が被告米山との夫婦関係を基として社会的に活動せんとする期待を侵害したものというべく、この点で被告米山貞子、同二木秀雄の両名は原告に対し共同不法行為の責を負わなければならない。

(四)  併し乍ら更に進んで慰籍料の額について考究すると、前示認定の諸事実特に原告と被告との関係は、被告二木が被告米山に紹介された頃には既に可成り疎遠となつて居り、特に被告両名間に情交関係が生じたのは原告と被告米山とが別居して約一年余を経過した頃のことであり、而も別居後は原告と被告米山との間には殆んど実質的に夫婦としての関係がなかつたことを省みる時は、たとえ原告と被告米山との間に未だ全く内縁関係が断絶したわけではなく、又被告二木がこの事を知つていたのが事実であるにせよ、被告らの責任を或る程度軽減するものと言い得るし、又原告が蒙つた精神的損害もさほど甚大ではないと考えられるから、被告米山は前代議士を母とする資産家であり、又被告二木も医学博士で雑誌社等の経営者である事情を考慮し右両名が連帯して原告に支払うべき慰藉料の額は金十万円と定めるのが相当である。

(五)  最後に、被告二木秀雄の原告に対する暴行につき、被告二木はこれを否認するが、原告本人尋問の結果(第一、二回)及び右供述により真正に成立したものと認められる甲第二、第三号証を総合すると、昭和二十九年九月十一日原告は米山商事株式会社に対する貸金の請求のため、被告米山の母米山久に会うべく熱海市泉奥山に所在する同女の別荘に赴いたところ、同女は不在で偶々そこに居合わせた被告二木に同別荘の玄関口で押されて転倒し、全治に一五日間を要する左膝関節外側部打撲傷及擦過傷を負いこの治療費に金八百五十円を要したことを認めることができる。然し、証人鈴木茂一及び被告二木秀雄本人尋問の結果(一部)により認められる当時の状況中原告は当時前記貸金のこともあり相当に興奮しており、かなり執拗に玄関口で面会を強要したこと及び、被告二木が原告を押したことも、原告を宥めるために或る程度已むを得ないものというべく、その力もさして強力であつたとは思えないこと、又前記認定の如く原告の受けた傷害も比較的軽微であつたこと等から推してその精神的苦痛も傷害自体から受けたものは余り大きいとは思われない。又原告の主張する傷害治療のための自動車賃等も、特に右傷害から必然的に要したものとは認められない。従つて以上の事情を考慮する時、被告二木の原告に対する損害賠償の額は精神的損害に対する慰藉料として金一万円財産的損害として治療費金八百五十円合計金一万八百五十円に限るのが相当というべく、その余の損害賠償の請求は理由がないといわなければならない。

よつて以上の程度において原告の請求を認容し、その余の請求はいずれも失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条、第九十三条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 加藤令造 裁判官 田中宗雄 三井哲夫)

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